問い

問い


そもそも試験。
問われているんです。





この文章が読めますか(読解できますか)?
この文章は正しいのか、
それとも誤りなのか、わかりますか?
それを判断するだけの知識を
正確に記憶できているかを、問うています。
正解を導くだけの思考力があるのか、問うています。





問う側からすれば、



①読めているのか
②記憶できているのか
③考える力があるのか



は、精確に判定したいところです。



しかしその反面、
毎年3万を超える受験者を
効率的に試さなければならないという制約、
毎年同じクオリティーの問題を
限られた時間と資源の中で
生み出さなければならないという制約ゆえ、
例えば択一式という方法が取られています。



択一式である以上、
正解の肢を黒く塗りつぶせた瞬間、
1〜3は出来ている、
という評価になるわけです。



これって、どうです?





本当に精確な能力判定が出来ているのか?



甚だ疑問ですよね。



だから何が言いたいのかと言えば、
普段の学習において、
正解を黒で塗れた瞬間、
「あ〜良かった、
 自分は読めているし、
 記憶出来ているし、
 考えることも出来ているな!」
なんて、思わないで下さいね!



ってことなんです。



本当に読めているのか?
本当に正確に記憶出来ているのか?
本当に思考出来ているのか?



というのは、
自問しながら
探っていくことが必要なんです。



坂本龍治